子育てをしていると、ふと
こんなにしてあげているのに…
という気持ちが顔を出すこと、ありませんか?
本当はそんなこと思いたくない。
見返りなんて求めず、ただ子どもが笑ってくれることを喜べる親でいたい。
そう願っているのに、なぜか見返りを求める気持ちがチラついてしまったりします。
今回は、
そんな
「見返りを求めたくないのに、
求めてしまう気持ち」
にやさしく向き合いながら、
その奥にある本音や背景を、一緒に見つめていきたいと思います。
「見返りを求めてしまう自分」は悪いのか?

私自身も、子供が小さい頃は、ただ笑ってくれるだけで十分幸せでした。
でも、いつの間にか
こんなにがんばってるのに…
私ばっかり我慢してない?
そんな思いが、心に浮かんでくるようになりました。
そして同時に、
そんなふうに思う私は、親として未熟なのかもしれない…
もっと無償の愛で接しなきゃいけないのに…
と、自分を責める気持ちもありました。
あなたも、そんなふうに感じたことはありませんか?
でも、
見返りを求めたくなる気持ちが出てくるのは、
あなたがダメな親だからではありません。
むしろ、あなたが必死に頑張ってきたからこそ なのかもしれません。
モヤモヤの根っこは「誰かとつながりたい」という願い

例えば、
熱を出した子どもを、
夜中に何度も起きて看病する。
食べたくないと言われながら、
一生懸命ごはんを作る。
泣きじゃくる子どもを抱えて、
やっと1日を終える。
そんな毎日を繰り返していたら、
わかってほしい
少しでいいから労ってほしい
ありがとうって言われたい
そんな思いが生まれるのは自然なことです。
でも、いつでも自分が欲しいタイミングで、欲しい言葉を誰かに言ってもらえるわけではありません。
だから私たち親は、ときどき、
どこかポツンと取り残されたような、
そんな孤独を感じてしまうのかもしれません。
まずは、自分の声に耳を澄ませることから

そんな気持ちが沸いてきたとき、
無理に打ち消したり、
「こんなこと思っちゃだめ」と思うかもしれません。
でも、そんなふうに自分を責めたりしなくていいのです。
まずは、自分の心の声に耳を澄ませ、
私は今、そう感じているんだな
と、認めてあげてください。
それは甘えでも弱さでもありません。
疲れたときに「疲れた」と口にするのと同じこと。
自分の気持ちを、静かに受け入れてあげるだけでいいのです。
その上で、
私はどうしてこういう気持ちになったんだろう?
本当は、何を求めていたんだろう?
と、少しだけ掘り下げてみると、
自分の心を理解することができ、心が落ち着いてくるはずです。
見返りを手放すために、自分を受け入れる

「子どものために」と思ってしていることでも、
どこかで期待してしまうことは、誰にでもあるものです。
でも、そんな自分を否定するのではなく、
そう思ってしまう自分がいてもいい
と認めることから、少しずつ、見返りの気持ちは和らいで行きます。
そして、
これは、私がしたくてやっていること
という想いに立ち返ることができたとき、
子どもや周りの反応に振り回されず、
自分が納得できる行動ができるようになります。
それが結果的に、子どもとの関係にも、心地よい余白をもたらしてくれるはずです。
おわりに:やさしさの始まりは、自分への理解から

見返りを求める気持ちが湧き上がってきても、
それは「未熟さ」ではありません。
その気持ちの背景に、あなたなりの一生懸命さや深い愛情があるのです。
だからこそ、
まずはその思いを、自分自身でそっと受け止めてあげること。
そこから、本当の意味で「見返りを求めない愛」が育っていくのだと思います。

