街中で、子供が泣いている場面に出くわすことってありますよね。
そのとき、あなたはどんなことを思いますか?
うるさいなあ…
親は何してるんだろう?
大丈夫かな?
感じ方は人によっていろいろだと思います。
でも多くの人が、泣いている子どもに対して、
何かしら感じたり思ったりすることがあると思います。
私は、というと、
実は、泣いている子、けっこう好きなんです。
全身で「生きてる」って感じがして、
その真っすぐさに、愛おしさのようなものを感じます。
ただ、同時にこんなふうにも思います。
自分の子があんなふうに泣いたら、
たぶん私も焦っちゃうなぁ…
って。
子どもが泣くこと自体は、とても自然なことです。
それなのに、いざ自分の子が泣き始めると、
なぜか「早く泣き止ませなきゃ」と思ってしまう。
それってなぜなのでしょう?
この記事では、
泣く子どもに焦ってしまう、私たち親の気持ちを丁寧に見つめながら、
感情をありのままに表現できる子どもたちと、
そんな子どもたちを受け止められる社会について、
一緒に考えてみたいと思います。
「泣かせちゃいけない」と焦る気持ちの正体

自分の子どもが公共の場で泣き出したとき、
どうしよう…
と焦った経験、ありませんか?
周囲の目が気になって、
早く泣き止ませなきゃ
うるさいって思われるじゃん
しつけができてないって思われてるかも…
そんな気持ちが一気に押し寄せてきて、
冷静でいられなくなったこと、
きっと誰にでも、一度はあるのではないでしょうか?
私も、同じようなことを何度も経験してきました。
泣いている子のことはかわいいと感じるのに、
自分の子が泣くと、
なぜか恥ずかしかったり、
責められているような気持ちになったりして…。
これってどうしてなのでしょうか?
私は、これ、
「社会の空気を先回りして読み取ってしまう親の感覚」
だと思っています。
日本はまだ、子育てに対する社会的な理解が十分にあるとは言えません。
「子どもが泣くもの」という当たり前のことが、
公共の場では通用しにくい空気があります。
だから、子どもが泣くと、
どうして泣き止ませられないの?
と、親を責める視線があるように感じてしまいます。
そして、親としての自分を試されているような気持ちになってしまう…。
だから、そんな焦りの中で、つい
これくらいで泣かないの!
泣いたって仕方ないでしょ!
と、子どもの気持ちを否定するような言葉をかけてしまうこともあるかもしれません。
泣き止ませなきゃ、自分がダメな親だと思われるような気がするから…。
ただ、この焦りの正体は、
子どもの感情よりも、
他人の評価を気にしなければならない社会の在り方そのものにあるのかもしれません。
子どもにとって、泣くことは自然な感情表現

子どもが泣くのは、
困ってるよ
悲しいよ
助けてよ
そんな気持ちを、子ども自身が一生懸命伝えようとしているからです。
子どもは、
大人ほど言葉を巧みに扱えない分、全身を使って自分が感じていることを表現しようとします。
だから、泣くことは、本来とても自然で健やかな感情表現なのです。
けれど、
「泣くこと=迷惑なこと、良くないこと」
という見られ方をする社会では、
親はどうしても、
子どもが泣いていたら「止めなきゃ!」と焦る気持ちになってしまいます。
もちろん、場に応じた配慮は必要です。
病院の待合室や静かな電車など、どうしても騒がしくできない場面はあります。
でも、それ以外の場面でも、
私たちは、「とにかく泣かせないようにしなきゃ」と、無意識に思い込んではいないでしょうか?
泣くこと自体を「いけないこと」にしてしまうと、
子どもは
泣いちゃいけないんだ
素直な気持ちを出すことはダメなんだ
と感じてしまいます。
気持ちを我慢するクセが強くなると、
自分が何を感じているのか分からなくなってしまったり、
他人の感情にも鈍くなってしまったりします。
そうならないために必要なのは、
子どもたちが「自分の気持ちを大切にしていいんだ」と思える社会だと思うのです。
社会が少しずつ変わっていくために

「子どもは泣くもの」
そんな当たり前のことが、もっと当たり前に受け入れられる社会だったら、
子育て中の親たちは、どれほど救われるでしょう。
でも、まだそこまで優しくないのが、今の社会の現状です。
そしてきっと、変わっていくにも時間がかかります。
それでも、
「少しずつなら変えていける」
と、私は思っています。
じゃあ、その「少しずつ」を始めるために、私たちにできることって、なんでしょう?
きっといろんな方法があります。
でも、私がいちばん大切だと思っているのは、
親である私たち自身が、自分の感情を大切にすることです。
そんなことで、社会が変わったりする?
と思う方もいるかもしれません。
でも、必ず変わっていけます。
なぜなら、それが最も根っこにある解決方法だからです。
親が自分の感情を丁寧に扱えるようになると、子どもの感情に対しても、自然と寛容になれます。
今、この子はどんな気持ちなんだろう
こんなに泣くくらい、今つらいんだな
そんなふうに、
子どもの「泣く」という行動の奥にある思いを受け止められるようになります。
そしてその姿勢は、周囲の子どもや親たちへのまなざしにも広がっていきます。
例えば、
- 町で泣いている子を見たとき、やさしい気持ちで見守れるようになったり、
- 子どもを必死であやしている親を、責める目ではなく、共にがんばる仲間として見れるようになったり
- 「泣いても大丈夫」と思える心の余白が、自分の中に育っていったり…
そんな変化に繋がっていくのだと思います。
確かに、それらは、即効性のある、大きな変化ではないかもしれません。
でも、
そういう「一人一人の心の変化」が、少しずつ積み重なることで社会の空気を変えていける
と、私は思うのです。
おわりに|“つらかったね”を、まずは自分にも

子どもが泣いているとき、焦ってしまう自分がいる。
「泣き止ませなきゃ」
「ダメ親って思われたらどうしよう」
って、つい思ってしまう。
それゆえ、つい子どもに
「これくらいで泣かないの!」
と否定的な言葉をかけてしまったりする…。
でも、もしかしたら、
泣いている子どもに「つらかったね」と声をかけられるようになるには、
まずは自分の気持ちにも「つらかったね」と言ってあげることが必要なのかもしれません。
そうやって、私たちが自分自身に向けるまなざしが変われば、
それが少しずつ広がって、
子どもにも、
他の親たちにも、
社会全体にも、
やさしいまなざしを向けられるようになるのではないでしょうか。
ぜひあなたも、まずは自分の気持ちを受け止めるところから始めませんか?

